尾瀬’98

吉永 耕一  





98年7月31日(金)

戸倉からマイクロバスに乗り換える。笠科川沿いの緑が美しい。津奈木橋には車両通行止めの監視員のおじさんが目を光らせている。標高1300メートルを越える津奈木沢の広葉樹林をバスは快適に登っていく。回りは美しい林相だ。ゆっくり足で登っても後悔しないだろう。

鳩待峠はハイシーズンとはいえ、ウィークディで想像したほど混みあっていない。

尾瀬に雑草を持ち込まないため靴底の種子を払い落とすマットレスや、尾瀬への来訪者数を自動計測するため、一人ずつ右側通行でという掲示板がめずらしい。国立公園なのに管理者が尾瀬林業株式会社となっている。

山の鼻にむかって整備された石畳のゆるい遊歩道を下っていく。直ぐにりっぱな木道になる。上り降りするハイカーが、すれ違うたびに「こんにちわ」と挨拶している。いいマナーだと思う。きっと何回も挨拶することになるだろう。

ブナやクロベ、コメツガなど広葉樹・針葉樹が混じり合っている。北西に至仏山の緑の中に赤茶けた蛇紋岩が見える。川上川にそって木道は下っていく。オレンジ色のオニユリが目にとまる。

新造の山の鼻ビジターセンターに到着。山の鼻−至仏山の登山道の状況を聞く。環境破壊で一時閉鎖になっていたが、昨年から残雪期をのぞいて利用できる。

いよいよ尾瀬ヶ原へ進む。木道両側の湿原は、さすがに尾瀬といわれるだけあって、実に繊細で微妙な透明感にあふれている。話に聞くだけでなく、その場にいることの幸福がある。水面は空と雲の濃淡を映している。

学生や熟年団体のパーテイが湿原鑑賞を楽しんでいる。原を貫く木道は複線化され、ずっと遠くへ続いている。休みたいと思うところにはテラスが準備されている。

牛首の分岐からヨッピ川へむかう。雨粒がポツリ、ポツリと落ちてくる。木道にできる染みが瞬く間におおきくなる。やがてザァザァ降りになる。尾瀬に夕立はつきものだ。ヨッピ川を渡るつり橋付近で小降りとなる。

雨に濡れたミズギクが鮮やかだ。

温泉小屋に宿泊する。おふろがある。ただし、環境保全のため、石鹸・シャンプーは使用できない。さっぱりして7時過ぎには寝床につく。5人相部屋だったが、ゆったりと熟睡する。

8月1日(土)

日の出は5時前。もう4時半ごろから薄明かりだ。雨はあがっている。湿原の植物は雨露に濡れている。白い雲のカーテンが山裾を隠している。

燧ヶ岳をめざす。温泉小屋からは900メートル強の標高差だ。小さな沢をつめる登山道だ。夕べの雨で沢沿いの道は歩きずらい。ブナの森には展望がない。傾斜が増すころコメツガやオオシラビソの針葉樹林に変わる。お握り2つの朝食が美味しい。

笹が生い茂った道を下半身びしょぬれになりながら直登する。汗と露で蒸し暑い。やがて見晴らしからの登山道と合流する。ガスで展望は無いが、稜線上は風があって心地よい。

燧ヶ岳の最高点、柴安ー(しばやすぐら:2356メートル)に到着。山頂からの景観を望めないのは残念。燧ヶ岳山頂部は5つのピークで構成されている。

東側の俎ー(まないたぐら:2346メートル)山頂でもガスで視界は0。ここで多くの登山者に会う。

下りはじめて、大きなケルンのあるミノブチ岳でガスが切れはじめる。眼下にぼんやりと尾瀬沼が広がる。

森林限界の高いこの山では、早速、樹林帯の下りとなる。長英新道を下る。尾瀬の山域はともかく水があふれている。下山道もいたるところ水が流れている。傾斜が緩んできたあたりから、ぬかるみが延々と続く。尾瀬ヶ原の木道スーパー・ハイウェイとぬかるみの山道。降水量の多い尾瀬ならではのコントラストだ。

大江川湿原にはいる。透明な川に魚群が見える。イワナかな。

暑い日がさす長蔵小屋前の広場で昼食をとる。ガス・コンロを出してフリーズド・ドライのカレーをつくる。尾瀬沼越えに燧ヶ岳が姿をあらわした。

尾瀬沼を三平下、曲がり田代、沼尻(ぬしり)へ周遊する。沼尻休憩所からの尾瀬沼もいい。広い湖面をつたってくるの風が心地よい。

燧ヶ岳の噴火によってできた尾瀬沼と尾瀬ヶ原との落差は約200メートル。沼尻川にそって段小屋坂を下る。

見晴らしの原の小屋に到着。小屋前のベンチで休んでいたら、先に到着していた斉藤さん、佐伯さんが出てきた。楽しみにしていらっしゃった波平先生は体調がすぐれず、またの機会となったという。

斉藤さんは新宿発の夜行バスで鳩待峠に入り、至仏山に登って、山の鼻で佐伯さん達に合流。佐伯さんは友人・渡辺さんと朝の特急・バスと乗り継ぎ、鳩待峠から入ったとのこと。結局私を入れた4人の宿泊となった。もっと大勢で集まる予定であったが、都合がつかなくなった人が続出した。

紅茶をいただき、コーヒーをいただき、夕食をともにとり、また、山ではめったに飲まないビールをいただき(佐伯さん持参)、面白い会話で一時を過ごした。

「地図に沼尻の峠のそば屋がでている。電話番号も載ってる」

「ちょっと電話して出前を頼もう」

「そばがのびませんか」.....

8月2日(日)

4時過ぎにソッと出発しようとしたが、騒がしく佐伯さん、斉藤さんも起こしてしまう。まだ、外は暗く雨が降っている。雨具をはおって出発する。

暗い雨のなかを見晴らしを出る。竜宮を過ぎるころから、薄明りのなかで雨も小降りになる。こんな広い原の真ん中で、昨夜聞こえていた雷にあったら困るだろうなんて考えながら歩く。

中田代で雨はやむ。雨具をぬいで早朝の見渡す限り湿原の木道を歩く。誰にも出会わない。尾瀬が原に人はただ私のみ。

ホシガラスや名前の分からない鳥が木道にとまっている。かなり近づいたら飛び立つ。鳥がいた木道をよく見ると、昆虫の幼虫やイモリがじっと動かない。鳥達の朝食の邪魔をしてしまった。

見晴らしを出て山の鼻の近くまで一時間強、ヒトには会わなかった。

山の鼻の無料休憩所で朝食。ここにはたくさんの人がいた。お握りを一人で食べていたら、熟年のおばさんが、きゅうりをくれた。

山の鼻から至仏山をめざす。上がっていた雨が再び降りはじめる。

至仏山の比較的低い森林限界(約1700メートル)を出たところで本降りになる。再び雨具を着けて登る。蛇紋岩の急坂を雨水がジャジャ流れている。水にぬれた蛇紋岩はよく滑る。

雨が小降りになって、ガスの切れ間に尾瀬ヶ原の一部が顔を出す。すぐに灰色のガスに隠れる。

上からスブ濡れになった運動靴のおじさんが降りてくる。親切に「滑るから気をつけて」と声をかけてくれる。濡れネズミの小学生も降りてくる。この子も「上は寒いよ」と話してくれる。彼の唇は紫色だ。

急な蛇紋岩地帯を抜けると、傾斜が緩やかになり木の階段が続く。風はあるが雨は止む。

ガスの中、至仏山山頂(2228メートル)に到着する。こんな天候でも鳩待峠から登ってきた登山者でにぎわっている。

至仏山から小至仏山を経て鳩待峠に向かう。蛇紋岩の露出帯は相変わらず滑って歩きにくい。稜線沿いの登山道はガスで視界は全くない。今回の山旅は山頂、稜線からの展望がきかず残念だ。

思いがけず木道が現れては消える、登山道を下る。オヤマ沢の水場で休憩。ここらでガスも切れる。森林帯のところどころぬかるみの登山道と格闘する。

なだらかな下りでやがて鳩待峠に到着する。到着寸前、右側通行の表示があり、また、登山者数の自動計測が行われていた。

鳩待峠からは、乗り合いタクシーで戸倉へむかう。道の両側の森の緑が美しい。

戸倉で温泉につかり山の疲れをいやす。好物のそばを食べる。お土産にそばがほしいと食堂のおばさんに尋ねると、途中の鎌田の片品そばをすすめられる。勧められたとおり、バスを鎌田で途中下車して、名物のそばを購入する。

沼田駅で佐伯さん、斉藤さん、渡辺さんにであう。尾瀬沼、大清水を経て降りてきたそうだ。再会を期して別れる。    (1998年8月3日記)   


<行動記録>

7月31日(金) 曇り、雨

05:00 起床
05:35 自宅発
05:52 あざみ野発 ¥440 
06:50 上野駅着
07:20 上野駅発 JR上越線特急水上1号 ¥4600
09:25 沼田駅着
09:35 沼田駅発 関越交通バス ¥2100
11:13 戸倉着
11:17 戸倉発  関越観光 ¥900
11:40 鳩待峠着
12:10 鳩待峠発
13:02 山の鼻着
13:15 山の鼻発
14:20 ヨッピ橋着
14:30 ヨッピ橋発
15:10 温泉小屋着 ¥8500
19:00 就寝

8月1日(土) 晴れ、高曇り、雨

04:30 起床
04:55 温泉小屋発
05:51 針葉樹林帯入り口着
06:00 針葉樹林帯入り口発
06:50 針葉樹林 朝食着
07:10 針葉樹林 朝食発
08:00 見晴らし登山道との合流着
08:10 見晴らし登山道との合流発
08:30 柴安ー着
08:50 柴安ー発
09:10 俎ー
09:28 ミノブチ岳着
09:33 ミノブチ岳発
10:36 針葉樹林着
10:42 針葉樹林発 ぬかるみ
12:00 長蔵小屋着
13:00 長蔵小屋発
14:10 沼尻休憩所着
14:25 沼尻休憩所発
15:10 段小屋坂着
15:15 段小屋坂発
15:56 原の小屋着 ¥8500
20:30 就寝

8月2日(日) 雨、曇り

04:00 起床
04:36 原の小屋発
05:15 中田代着
05:28 中田代発
05:58 山の鼻着 朝食
06:20 山の鼻発
07:38 蛇紋岩帯着
07:45 蛇紋岩帯発
09:13 至仏山着
09:30 至仏山発
10:50 オヤマノ沢着
10:55 オヤマノ沢発
12:06 鳩待峠着
12:36 鳩待峠発 関越観光乗り合いタクシー ¥900
16:56 沼田駅発 JR上越線特急水上 ¥4600
18:50 上野駅着
20:20 自宅着

    


Last modified 09/15/98

ページの先頭へ戻る 尾瀬のページへ戻る ホームページへ戻る