吉永 耕一
キャンモア(Canmore)を拠点とするカナディアン・ロッキーの山岳ガイドYAMNUSKAの"Intro to Alpine Ice"に参加
8/6 Mon Day 1
9:30までにコロンビア・アイスフィールド(Columbia Icefield) キャンプ・グランドに集合。 コロンビア・アイスフィールドの山々を訪れるクライマーの基地となっているこのキャンプ・グランドは、バン・タイプの車とテントのみの利用となっている。大きなキャンピング・カーは入れない。利用者は、まず、車でキャンプ・グランドを一周し、空いているサイトに車を入れる。入り口の駐車場横にある、掲示板へ戻り、Self-Registration Permitの封筒に必要事項を記入する。その封筒にキャンピング料金(12c$ per night)を入れて、設置されている料金箱に投函する。封筒についている紙片に記入して、テント・サイトのポストと車に表示する。熊対策注意を説明した表示版があり、食料はクーガー・ボックスと呼ばれるコンテナーヘ収納する。ゴミはおおきな金属製のごみ箱へ捨てる。そして、毎日、清掃車で回収される。清潔な自然醗酵式のトイレが数箇所設置されている。輪切りにした丸太が積んであり、各自斧で割ってキャンプ・サイトの釜戸やキッチン・シェルターのオーブンで利用できる。静かなロッジ・ポールの林のなかのキャンプ・グランドは、南向きで明るくクリーンで理想的なサイトだ。食事をしているテーブルの傍をワタリガラス(Raven)が歩き回っている。
テント・サイトにYAMNUSKAの夏用テントを張って、贅沢に一人でテントを占有できた。参加者がキッチン・シェルターに集まってミーティングが始まる。まず、自己紹介。ガイドのBarry。クライアントは大学をでて今年から働き始めたモントリオールのChristine、スキーのインストラクターをやっているClair、私と同年輩でモンタナから参加したBobと私の4人。2日目の夜からニュージーランドのガイドPaulが加わる。4人の参加者にガイド2人。これまた、理想的な人数だ。女性の二人は、彼らだけで話すときは主にフランス語だ。国際色豊かなチームだ。それぞれ、今回の参加目的を披露する。私は、アサバスカ山(Mt. Athabasca)のノス・フェースを登りたいと説明した。1970年代初登されたころ、アイス・フェースが流行で、このルートは、ビッグ・アイス・フェースの一つであった。(クラシック・ルートでClass V 5.4)
皆の話の中に映画の バーティカル・リミット(Vertical Limit)やクリフ・ハンガー(Cliffhanger) がでてくる。よく聞いていると、ガイドのBarryがこれらの映画のクライミング・シーンのコンサルタントをやったらしい。「エッ?」 また、上から下まで彼のウェアは、全てPatagonia製、TPOにあわせて着替える。余程Patagoniaブランドが好きだと思っていたら、 PatagoniaのAlpine Ambassadorの一人であり、研究開発チームのメンバー でもあるそうだ。Bobに聞いてみると、 Canadaの著名な登山家 で、エッセイも写真もこなす有名人らしい。
昼前から、パーカー・リッジ(Parker Ridge)のスノー・フィールドへ出かけて、スノー・クライミングのレビューが始まった。型どおりキック・ステップから始まり、滑落停止 (Self Arrest)は、頭を下にして仰向けになったり、うつ伏せになったり、できるまで繰り返す。アイス・アックス(Ice Axe)の持ち方は、ピック(Pick)側を持つよう指導している。すばやく滑落停止体勢に入れるからだ。North CascadeのガイドPatは、好みの問題といいながらも、ブレード(Ads)側を持って滑落停止の動作は、アイス・アックスを一度回転し、それから停止姿勢に入るよう指導していた。雪上を歩く場合は、この持ち方が、スリップの自己確保(Self Belay)しやすくりやすく、さらに長時間杖としてアイス・アックスを使う場合は、掌の負担がすくない。Barryはまた、最初からクランポン(Crampon)装着を想定して、足を上げるよう指導している。Patは夏の雪のケースは、靴でもスリップをとめるようにと説明していた。二人のガイドのお国柄の違いだろう。しかしながら、最後に、「スリップしないことが重要で、キック・ステップで、一歩一歩確実に歩くことが基本」といったところは、二人ともまったく同じだ。
タイト・ロープ(Tight Rope)のチーム練習。Barryは、盛んに間隔が短いほど滑落のエネルギーが小さくなるからと説明している。ロープ・チームのだれかが突然スリップして、それを止める練習をおこなう。練習場所の高度をあげて、確保(Belay)技術の点検をおこなう。ビレイにも懸垂下降(Rappel)にもミュンター・ヒッチ(Munter Hitch:イタリアン・フリクション・ヒッチまたは半マスト結び)を使うよう指導している。Bobがクラブ・ヒッチ(Clove Hitch:インク結び)とミュンター・ヒッチは構造的に似通っており同じような方法で作れると、アメリカの人らしく実用的なやり方を薦めてくれる。確保位置やアイス・アックスやピケットを使ったTフェース・アンカーの点検もあった。アイス・フィールドの下りは効率的な降り方として、立姿勢のグリセード(Standing Glissading)を薦めていた。急な斜面のくだりで、足をプロックしたステップ(Plunge Step)で降り遅れてしまった。
キャンプ・クランドへ帰って、全員で夕食準備にかかる。クーガー・ボックスの中には、各食事のメニューに従ってYAMNUSKAで準備された素材がぎしっり詰まっている。野菜などの生鮮食品もある。早速サラダもつくる。ここは、車でアプローチできるから、プロパン・ガスのボンベもあって、強い火力で料理がつくれる。
8/7 Tue Day 2
二日目の朝食の準備は8:00からのゆっくりスタート。昨夜早く寝たので6:00前には目が覚める。遠くで動物のけたたましい鳴き声が聞こえる。山猫が餌を争ってけんかでもしているのだろう。目が覚めたついでに、キャンプ・グランドをぐるりと散歩する。じっとしていたら、寒いくらい。周囲の山や森、見知らぬ草花と清浄な空気がなんともいえない。Bobが起きてきた。車でアサバスカ山の写真を撮りにいこうと誘ってくれる。コロンビア・アイスフィールド・ビジター・センターの近くから、山の写真をとる。Bobの趣味の一つが写真らしく、ニコンのデジカメを使っている。
朝食の時間に、早朝のけたたましい泣き声が話題なる。どんな動物だろうと聞いていると、murderとかravenとかいっている。ワタリガラスの大騒ぎだったようだ。ヒグマに襲われて亡くなった写真家の星野道夫の作品集に、アラスカのワタリガラスの伝説を追いかけたものがあった。あのワタリガラスの生活圏にきているんだと思う。アラスカもそう遠くない。
二日目は、アサバスカ山の北側、ノース氷河(North Glacier、地図には、Little A Glacierとも記載)で、アイス・クライミングの確認だ。ラテラル・モレインを途中から下って、岩の堆積地帯を歩き、氷河の末端に到着する。Barryが氷河と氷河地形について、詳しく解説してくれる。なかなかの博学だ。Christineが大学での専攻は物理と訊くと、笑いながら、大学はGirlとBeerで中退して、山にのめりこんだと冗談とも本音ともつかぬ話をしてくれる。
実技がはじまる。最初はクランポンを着けずに、氷の上でアイス・アックスを使ってカッテイングのお手本をみせてくれる。さすがにうまい。ヨーロッパ・アルプスの羊飼いの話に始まって、ロブソン山(Mt. Robson)の初登頂で、ガイドのKainが果てしなくカッテイングで果てしなくステップをカットしてルートを作った話や、昔のガイドはポパイの腕になるようトレーニングしていたなど愉快に説明した。氷の斜面に的確にステップをカットしていくには、コツがいる。
やっと、クランポンをつけての歩行練習。最初は、フラットに足をおくフレンチ・テクニックの解説、実習。傾斜が緩いところでのピエ・マルシェ(pied marche)、15度から30度へ、やや勾配が増すとアヒル歩きピエ・アン・カナール(pied en canard)での直登。30度から50度の斜面ではフラット・フット(Flat-footing)のビエ・ア・プラ(pie a plat)に変わる。アイス・アックスは、35度ぐらいまでは、山側の手で握り、杖として用いるピオレ・カンヌ(piolet canne)。勾配がそれ以上になると、体に対して斜めに持つピオレ・ラマス(piolet ramasse)。斜登高での方向転換方法の解説と続く。説明にはフランス語が混じる。
アイス・スクリューを使ったビレイでのアンカー・ポイントのセットの仕方の点検。10cm程表面のザラメ上の氷を取り除くと、硬い氷の層が出てくる。そこにスクリュウのカラビナをかける穴が密着するまでねじ込む。休憩中、見ている前で、上方の巨大なアイス・ブロックが轟音とともに崩壊した。飛び上がる。氷河はいつも動いている。
今度はロープ・チームとなって、クレバスを避けながら上へ移動。Barryが氷河の側面のちょっとした氷壁にトップ・ロープをセットする。2本のアイス・ツールとクランポンのフロント・ポイント(Front-pointing)技術を使って70度から80度の急斜面を登る。ビレイ・デバイス(Belay Device)を使った確保も点検を繰り返す。私とBobはATC、Barryはペツルのルベルソを使っている。ルベルソはトップのビレイ、セカンドのビレイ、懸垂下降に使える便利もの。Barryは参加者をよく観察している。私の使っているクランポンのフロント・ポイントが出すぎているので、「長時間のクライミングではふくらはぎが疲れる」よとアドバイスをくれる。キャンプ・グランドへ帰ってから調整した。
8/8 Wed Day3
昨夜、いつの間にかもう一人のガイド、 ニュージランドのPaul が到着。今日から皆と合流する。今朝は5:00から朝食の準備をし、早めに出発する。アサバスカ山の北東面、バウンダリー氷河(Boundary Glacier)からアサバスカ山の支峰A2(Athabasca 2 標高約3000m、トレイル・ヘッドからの標高差1000m)をめざす。マルチ・ピッチのアイス・クライミングあり、氷河歩き(Glacier Travel)あり、簡単なロック・クライミングありとバライティにとんだ山行の一日だ。
車に分乗して、ジャスパー国立公園とバンフ国立公園の境界にあるサンワプタ峠(Sunwapta Pass)の駐車場に車をとめる。そこから歩き出す。ちいさな谷間を通って、歩きやすい森の中のトレイルへすすむ。ほどなく、エメラルド色に輝く無名の湖にでる。氷河、岩山、アルペン・メドウ、湖という、絵葉書の中に飛び込んだような、すばらしい景観だ。湖を対岸まで回りこんで、川原のモレイン・スロープを登っていく。氷河のある山では当たり前だが、岩の堆積のトレイルは、少しばかり歩きづらい。ザイルや登攀具を担いでいるので、涼しい空気なのに、大汗をかく。湖から約1時間で、バウンダリー氷河の末端(2280m)に到着。ここから2チームに分かれる。
ロープを結んで、クランポン、ヘルメットを装着。私は、BarryとClairのチームで、傾斜の急な左側の氷河を登る。ここは、Jeff Loweの「Ice World」でアルパイン・アイス・テクニックを撮影した場所だ。中程度から急勾配にかけての氷を登ることができる。緩斜面はタイト・ロープで登るが、すぐに約40度クラスUの傾斜になる。ここから、アイス・スクリューのアンカー・ポイントをつくり、ビレイしながら登る。Barryはフロント・ポインティングとフラット・フットのピエ・トロワージュ(pied triseme:3時または9時の方向)と1本のアイス・アックスでアンカー・ポジションに構える、ピオレ・アンクルのテクニックを併用して、プロテクションをセットしながら登っていく。ピエ・トロワージュとピオレ・アンクルの組み合わせは、安全でふくらはぎが疲れにく実践的な役に立つ登り方だ。
私がATCでBarryをビレイする。60mのロープが伸びきったところで、Barryがアンカー・ポイントをセットし、セルフ・ビレイをとって、「Secure」とコールしてくる。私たちへのビレイが準備できると、彼が「Belay on」と告げ、こちらから「Climbing」とコールする。私たちは、「Climb」という返答をうけて登り始める。Clairと私は、パラレルに登っていく。2本のアイス・ツールを使い、ピオレ・パンヌ(piolet panne)とピオレ・ポワニヤール(piolet poignard)で、アックスをダガー(短剣)のように持つ。足は、ピエ・トロワージュだったり、フロント・ポインティングだったり。プロテクションを回収し、ハアハアいいながら途中で休み休み登る。Clairは、スキーのインストラクターだけあってスタミナ抜群。2ピッチで傾斜は緩くなり、再びタイト・ロープで登る。
氷河の真ん中の岩場で休憩の後、ロープ間隔を広げて、氷河歩きで登っていく。途中、他のパーティと挨拶したりしながら、バウンダリー氷河の上部、アサバスカ山とA2のコルを経て、A2のちょっとした岩場にはいる。コンティニュアスのロック・クライミングだか、クランボンをつけたまま、切り立った岩場なので、慎重に一歩一歩登った。A2からの展望はすばらしい。アサバスカ山のノース・リッジは間近にそびえている。ヒルダ峰(Hilda Peak)は堂々としている。残念なことに、デジカメの電池が切れてしまい、せっかくの展望も十分写せない。
下山は、コルから少しルートを北寄りにとって、バウンタリー氷河の西側を下る。Barryが一度、私も一度ヒドン・クレバスに腰まで入ってしまう。今度はクレバスをさけて、氷の急斜面にはいって、Clairがスリップするが、ロープのおかげで大事にいたらない。あらためて、ロープ・チームの重要性を思い知る。下の方の斜面で、スタンディグ・グリセードを私もやったら、BarryもClairも微笑んでいた。4時過ぎに、キャンプ・グランドへ到着。Bobのパーティは、1時間遅れで帰ってくる。途中何度か無線交信でお互いの状況を掴んでいるので心配はしていない。本日の夕食は、コロンビア・アイスフィールドのホテルのレストランで中華料理だ。地ビールのTraditional Aleが喉に心地よい。
8/9 Thu Day 4
比較的ハード昨日と本格的にハードな明日の間の今日は、ゆっくり8:00から食事の準備だ。快晴のコロンビア・アイスフィールドでクレバス・レスキューの点検をそうそうに済ませて、3時過ぎにはキャンプ・グラウンドに帰り、翌日のランチの準備と早めの夕食をつくり明日にそなえる。
クレバス・レスキューは、North Cascadesで学んだZシステムではなく、Canadian Drop Loop Systemを教えてもらう。アンカーをセットしたあと、プリー(滑車)のついたロープのループを犠牲者へ渡し、それをハーネスのカラビナにセットさせる。この方式は、新しいローフを犠牲者へ送るため、ロープがクレバスの淵に食い込むことを防ぐための当てものをセットしやすい。欠点は、犠牲者には意識があり、新しいロープを受け止めセットする必要がある点だ。
懸垂下降のアンカー・ポイントに使うアバラコフAbalakov V アンカーの作り方を実習する。アイス・スクリュウで、先端が繋がる穴を氷に開け、この氷のV字型トンネルにコードを通す。フックのついたワイヤーでコードを引っ張りだす。最後に、明日のロング・アイス・フェースのクライミングにそなえて、ピオレ・トロワージュを再度練習する。本番で疲れないフットワークとして使うようアドバイスを受ける。
夕食のとき、明日のロープ・チームとルートが発表される。私は、ガイドのPaulとBobとのロープ・チームでアサバスカ山のノース・フェース・ルートをめざす。Barryと二人の女性は隣のアンドロメダ山(Mt. Andromeda)のミドル・クーロアールを登ることになった。日を追うにつれ、段々と良くなってきた天候だが、Jasperの予報では、明日午前中はストームの通過で、その後回復する見込みという。
8/10 Fri Day 5
3:00に朝食のミーティング、今日がコース中最も早い。ガイドのふたりは2:30から早立ちの準備で忙しい。2台の車で、アイスフィールド・センターの前を左折して、コロンビア・アイスフィールド観光バス専用側道にはいる。日中は、ゲートが閉まって一般車は進入できないが、早朝はゲートがあがっていて通過できる。アサバスカ山北面の氷河の水を集める流れを渡り、通称クライマー駐車場(2040m)とよばれるスペースに車をとめる。満点の星がくっきりとみえる。
4:00にアンドロメダ山を目指すBarryのパーティと分かれて、このアサバスカ登山の起点を出発する。流れの左岸に位置するモレインの頂をトレイルにそって、ヘッドランプをたよりに登っていく。しっかり踏みならされたトレイルだか、急斜面でトレイルが崩れており、足をとられる。6:00前に、約2600mのノース氷河に到着。だんだんと東の空から明るくなって、ヘッドランプなしで周りが識別できるようになった。ヘッド・ランプを近くの岩陰に隠す。帰りに忘れないようにとPaulが微笑む。クランポンとハーネスをつけ、氷河歩きのロープ・チームになる。先行する2人パーティが氷河を進んでいく。後続の男女2人パーティが到着した。彼らは、ノーマル・ルートから登るという。
シルバーホーン(Shilverhorn)の基部をめざして、ふみ跡にそって氷河のなだらかな斜面をすすむ。このルートはいたるところにヒドン・クレバスがあるので、ふみ跡に従ったほうがよい。だんだんと明るくなって、東の空に浮かぶ雲の底が赤く染まる。Bobも私もカメラのシャッターを切るのに忙しい。いつの間にか上空には雲がでてきた。やがて日の出。アサバスカ山とそれにかかる雲が黄朱色に輝く。美しい朝焼けだけに、天候が気になる。
シルバーホーンの基部に大きなクレバスが口をあけている。そのクレバスを回り込む。先行のパーティは、シルバーホーンのルートをとっている。今日は、ノース・フェースに向かう他のパーティは無い。このあたりの雪質はやわらかく時々深く足がもぐりこむ。基部をまりこんだ約3100mのあたりで休憩をとる。ここからノース・フェースの基部まで高低差はなくボウル状になっている。ここで、オーバー・パンツ、ジャケット、ヘルメット、アイス・クライミング用の手袋を着用し、用をたす。お腹の調子が悪くブルー・バッグもなく、近くに岩場も無いのでゴメンナイ。間近に向かい合った標高差約350mのノース・フェースは、広くオープンな空間を作り出している。上部のロック・バンド帯には、氷や雪がよくついている。
雪から氷壁へ変わるベルグシュンド(雪に覆われていて、クレバスの口は見えない)の少し下に、最初のアンカー・ボイトをセットする。ここは雪が多いのでアイス・アックスを使う。Bobのビレイで、Paulがリードする。すぐに氷壁となり、Paulはフロント・ポインティングで2本のアイス・ツールを使ったピオレ・ポワニヤールでガンガン登っていく。約40度から50度の勾配だ。20m前後でアイス・スクリュー1本のプロテクションをセットしていく。ロープがのびきるとPaulがアイス・スクリュー2本使いアンカーをセットする。Paulがセキュアになりわれわれをビレイすると、Bobと私が下のアンカー・ポイントを回収する。私は、Bobと同時にパラレルに、プロテクションを回収しながら登っていく。私は、ほとんどピオレ・トロワージュとピオレ・ポワニヤールの組み合わせで登る。時々フロント・ポインティングを使い、ピオレ・トロワージュの足をかえる。なるだけ、フラットにおいた足に体重をかけて立ちこむと、ほとんどふくらはぎは疲れない。Barryの指摘の正しさを体感する。
Bobと私がハアハア息をきらして休み休み登ってくるので、しっかりビレイしているPaulは寒くてしょうがないようだ。アンカー・ポイントで「凍傷になるよ」冗談をとばす。案外本音かも。見下ろすと広い斜面が続き、高度感があり、空間の開放感がある。クランポンやアイス・ツールはしっかりと氷をつかむ。一歩一歩に充実感がある。
3ピッチ目に入るころ、俄かに天候が崩れ始める。ひっきりなしにスノー・シュワーをあびる。3ピッチが終了した地点(GPSで3298m)で、Bobが天候が崩れてきたから、進むか退くが決めなければと言い出す。彼は退きたいようだ。ガイドのPaulは登れないことは無いが、Barryに天候を様子を聞こうと無線交信を始めるが、こういうときは、繋がらない。(後で聞いたが、アンドロメダのパーティはすでに退却していた)。Bobから「コウイチ、お前の考えは」と聞かれたので、思わず大きな声で笑いが出てしまった。Bobは怪訝な顔をする。この天候で、登れないことは無いだろうし、遠い日本からやってきたし、後退は考えてもいなかった。しかし、Bobを説得する英会話力はないし、後退もいい経験だろう。冷静に考えれば、今の状況判断はBobが正しいかもしれない。
懸垂下降ではなく、クライム・ダウンで下る。アンカー・ポイントでPaulがミュンター・ヒッチでビレイし、懸垂下降と同じように、Bobと私がロープに 体重をあずけてくだる。ミュンター・ヒッチは役に立つ。途中プロテクションをセットしていく。ロープがいっぱいになると、Bobと私でアンカー・ポイントを作って、Paulをビレイする。Paulは、クライム・ダウンでプロテクションを回収しながら降りてくる。持参したロープは1本だったから、60mのロープのほぼ全長を使えるクライム・ダウンの方が、半分の長さしか使えない懸垂下降より早く下れる。
ベルクシュンドのところでBobが踏み抜いて、クレバスに落ちそうになったが、ビレイしていたので大丈夫。短時間で温度が上昇しており雪質が変わってノース・フェースの基部は腰まで雪にもぐってしまう。確かにノース・フェースのクライム・ダウンはいい経験になった。シルバーホーンの基部には、朝にはなかった大きな雪崩のデブリがある。午後3:00を過ぎた頃、ノース氷河をでる。ヘッドランプを回収するが、ここで私のアイス・ツールが1本無くなっている事に気づく。どうやらフェースの基部で雪にもがきながら降りてきたときに、パックから外れて落としたらしい。BDの気ににいったツールだったが、回収にまた登る元気は無い。しょうがないなと諦める。
登山起点のクライマーズ駐車場に午後4:00に到着。ちょうど12時間の山行で、山頂には立てなかったものの、開放感にあふれるノース・フェースでのアイス・クライミングが経験でき、思い出となる登山だった。ロープ・チームの二人と硬く握手する。
側道のゲートは日中閉まっている。バスの前をいけば、バスの運転手が無線でケートを開けるときに一緒に通過させてくれる。キャンプ・グランドでは、早くおりた女性陣が車を飛ばして、100km先のJaspaerヘでかけ、一緒に夕食をとろうと待っているという。ガイドのPaulが用意していてくれたビールで乾杯し、登攀用具の整理もそうそうに出発する。Barryの運転する私のレンタカーでJasperへむかう。Clairのなじみのレストランは確かにおいしい。山登りのあとでくたびれていたが、駆けつけた甲斐がある。サーモン・ステーキと地ビール(Kokanneey)、デザートのアイス・クリームは、なかなかのものだ。
8/11 Day 6
最終日はキャンプの撤収とコースの最終登山があるのでせわしい。7:00に朝食ミーティング。すぐにテントをたたむ。BobとPaulと私の3人は、アサバスカ山の絶好の展望台、Wilcox Peak(2886m)へ登る。Barryらのパーティはもう一度バウンダリー氷河へ行って、マルチ・ピッチのアイス・クライミングを練習する。元気だ。Bobと私は、じっくりアサバスカ山をながめて写真をとることに関心があった。
Wilcox Peakからのパノラマ
はすばらしい。とりわけアサバスカ山のノース・フェースに魅かれる。昨日の雪崩のあとも肉眼で見えた。