North Cascades National Park

吉永 耕一  



    

Day 1

朝6時、AAI(Alpine Ascents International) 指定宿舎のSilver Cloud Inn(Seattle北Lynwood)へ、ガイドのPatとBarbara夫婦が迎えに来る。ここに宿泊していた参加者は9人。バン一台に人と荷物を詰めこんで、SeattleのAAIへ向かう。

AAIのオフィスにてもう1人が参加し、総勢ガイド2人、生徒10人の構成となる。ガイドが各自の装備や食料を一つずつ点検する。私は「手袋(Glove)よりミトン(Mitts)がお勧め」とアドバイスを受ける。また、昼食のPower Barを見て、「パンやベーグルが食べやすい」とすすめられる。私のパックをバンに積むときに「重たいね」とPatがささやいた。

I5、SR20をたどり、レンジャー・ステーションがあるMarblemountへむかう。途中、スーパーに立ち寄り、軽い食事(コーヒーとクリームチーズ・ベーグル)だ。ガイドや他のメンバーはコース中の昼食用のパン類を購入している。レンジャー・ステーションでキャンプ許可証(Camp Permission)をもらう。North Cascades National Parkでキャンプする場合は、届け出て許可をもらうことになっている。Patが置いてあった写真を見ながら、今回の登山ルート、Boston Basin,Quien Sabe Glacier、Sahale Peakを説明する。レンジャー・ステーションから、Cascade River Roadを通り、標高975mの道路脇に車を止める。道路の反対側には、Johannesburg Mountainがそびえている。上部に懸垂氷河(Hunging Glacierょがみえる。

共同装備が配られる。重いパックを担ぎながら木陰のトレイルをたどる。アメリカ人は背が高く足が長い。歩幅が広く早いスピードで歩いていく。着いていくだけでも大変。さらに持参した荷物が多く、身長は低いのに、パックの背が誰よりも高くなる。何度かパックが木の枝に引っかかり、余分な力をかけて、ふくらはぎがつってしまう。朝夕が涼しく、上下のアンダーシャツを着こんでいたので、汗がですぎだ。小さな流れを4、5回渡り、急な針葉樹林のトレイルで、今度は左右の大腿4頭筋の内側が痛む。数回立ち止まり、とうとう歩けなくなる。Patが薬をくれ、痛みの部分をバンドで縛ってくれる。何とか歩くが、すぐに痛んでしまう。「今日が最もハードな日だ。荷物が重いから筋肉が痛いんだ」と言いながら、私のパックから共同装備とアイス・アックス,ハーネスを出して担いでくれる。

森林限界を越え、雪原上のベースキャンプ・サイト(1900m)に遅れて到着。6時間もかかってしまった。キャンプサイト付近は、Boston Basinとよばれている。ここは、植物の緑と雪の白、岩の褐色とが組み合わさった美しいところ。回りは、一方が氷河で削られた谷で開けて、他の3方が鋭い峰で取り囲こまれている。さしずめ日本の穂高の涸沢といった趣がある。ここ20年、氷河はは年々後退しているそうだ。丸く削られたフェースをさしながら、20年前はあそこも、氷河に覆われていたと説明してくれる。地球温暖化の影響だ。

夕食に水分と塩分を沢山とるよう指摘される。スープがうまい。日本から持参したインスタント・ラーメンがうまい。

Day 2

雪上のキックステップ(Step Kicking)の練習から開始する。斜面を様々な方向に、直上(Direct Ascent)、斜上(Diagonal Ascent)、トラバース(Traversing)、降下(Descending)歩く。「雪上のクライミングではキックステップが最も基礎で大切だ」と何回か強調する。全く同感。ピッケル(Ice Axe)の持ち方は自己確保握り(Self Belay Grip)で、ピック側を前方にしてブレード(Adze)を持つ。スリップしたときは、まず、この形で、自己確保(Self Belay)を行う。ガイドのの好みと断って、リスト・ループ(Wrist Loop)は使わない。

次にピッケル無しで滑落停止(Self Array)を実習する。脇をしめて両腕で雪をかき、尻をあげ、両足をつっぱる。これが滑落停止(Self Array)の基本姿勢。頭を下にして形でもトライする。

ピッケルを持った滑落停止では、自己確保握りの状態から、「Hit」で石突き(スピッツェ Spike)を持ち,「Slide」でヘッドを回転させ、「xxx」でピックを斜面に打ち込む。この三拍子を繰り返し練習する。ブレード(Adze)は少し肩の上になるようにする(肩を傷つけないように)。石突きを上げ、体重が柄に乗るようにする。尻をあげ、足をけりこむ。アイゼン(Crampon)を履いていない場合は、必ず足を使ってとめる。ピックと両足の3点支持になっている。様々な位置から、(頭を下にしてうつぶせの状態、仰向けの状態、ダイビング)行う。ピッケルを左右に持ち替えて行う。加速をつけて練習するが、基本はバランスを崩した瞬間に滑落停止をやるよう指導している。

久しぶりで座った形(sitting)のグリセードを楽しむ。

少し離れた堆石(モレーン Moraine)の上までキックステップで向かう。「あなたがリーダーで先頭を行け」といわれて、少し緊張しながら登る。見晴らしのよい丘の上でコンパスの使い方を実習する。偏差(Declination)の取り扱いやミラー付きのコンパスを使い、目標や自分の位置確認をおこなう。North Cascadesの山の上では、一度もルート標識をみなかった。クライマーはいつもコンパスを使ってルート・ファインディングしているのだろう。ホワイト・アウトの場合も説明があった。

ベース・キャンプに帰って、ロープ・ワークの実習。オーバーハンド結び(Overhand)、フィギャー8(Figure-8)結び,ダブル・フィギャー8結び(Double Figure-8)、ボウリン結び(Bowline)、ダブレ・ボウリン結び(Double Bowline)、ダブル・フィシャーマン結び(Double Fisherman)、クローブ・ヒッチ(Clove Hitch)、ミュンター・ヒッチ(Munter Hitch)、プルージック(Prusik)を実習。

氷河補講(Glacier Travel)でのロープ・チームは、解きやすさの点で、末端でシングル・ボウリン結び、中間でダブル・ボウリン結びを使う。日本ならフィギャー−8結びでなければという声を思い出す。また、6mmの細引き(コード cord)で腰プルージック(Waste Prusik)、脚プルージック(Foot Prusick)、パック用コードをジつくり、準備する。

トイレは、ベース・キャンプでは、下の森林限界まで下り、1基備えてある、浄化システムのトイレを使う。下り登りをあわせて40分ぐらいのアルバイト。雪上での大便は雪を汚染するとして一切禁止されている。また、浄化システムのトイレ以外では、雪と岩の空間に落下させ、トイレット・ペーパーは使用しないというバス・ルーム・シナリオ(Bath Room Scenario)になっている。

日中の太陽光線は強い。朝、日焼け止めクリーム(サン・スクリーン Sun Screen)を塗っていても、汗で流れて肌は焼ける。キャンプの雪は融け、浮き上がったテントの周りを補強する。

Day 3

午前中は、森林限界まで下って、プルージックによるロープ登りの実習だ。木にロープをセットする。これはロープ・チームで登山中、氷河のクレバス(Crevasse)に落ちたとき、自力で這い上がる方法だ。メイン・ロープに進行方向から、腰プルージック、脚プルージック、パック用のコードをセットしておく(氷河補講での基本パターン)。脚プルージックに立ち、腰プルージックをメイン・ロープに沿って上げる。ハーネスに接続された腰プルージックに体重を乗せ、体を後ろに傾け、脚プルージックを上方にずらす。これの繰り返す(テキサス・プルージック法 Texas Prusik)。木の枝からつるしたメイン・ロープを5mほど登る。プルージック結びは(Prusik knot)は確実に効く。

午後は上部の傾斜のある雪原(Snow Field)へ移動して、確保点(Protection)のつくり方を実習する。ピケット(Picket)の垂直、T−form法、スノー・フルーク(Snow Fluk)、ピッケルを使って確保点をつくる。面(Face)の雪の抗力を説明。これにロープをつけて、思いきりひっぱり、いかに強い確保点になっているか体感させる。5人でひっぱってもビクともしない。また、雪柱(Snow Bollard)を掘って確保点をつくる。イコライザー(Equalizer)の作り方実習。これは荷重の分散だが、一方が外れた場合いかにショックを少なくするかがポイント。

コンパスによる位置確認再実習。

確保(Belay)の実習。腰がらみ、ミュンター・ヒッチ、ATCを使った確保。靴・ピッケル(Boot-ax)確保。年代を説明しながら確保方法が進化してきた説明の仕方はおもしろい。ロープの伸びを利用したダイナミック・ビレイを説明する。ロープを流すことはない。

氷河歩行用のロープ・チーム(3人、または、4人)をつくり、各自、氷河救出(Glacier Rescue)用のロープをセットし登りはじめる。自分より前のロープ・マネージメントに責任をもち、たるみ(Slack)がない状態をつくる。クレバスに落ちたときの落下距離を最小限にする。クレバスと平行に歩かないようにする(振り子作用の減少)。スイッチ・バックのとき、いかにたるみのない状態をつくるかの説明。比較的早く歩き、歩行幅の大きなアメリカ人と、ステップ幅が短く、レスト・ステップ(Rest Step)でゆっくり登っていく私との間で、ロープのたるみのない状態を維持するのに気を使う。

薄青く見える氷河まで数百m登って、ロープを解く。この氷河上で、アイゼンの歩行実習。氷河は氷でアイゼンが良く効く。急な氷河斜面上に、確保用のロープ(50m x 2本)をPatがセットし、確保しながら登っていく。傾斜が急で直登は苦しく、横向きで斜面に12本のポイントを全てきちんとつけて、斜上(Diagonal)で登る(French Technique)よう指導している。

氷河をトラバースし、氷河のの垂直面を使ってアイス・クライミングの実習。トップ・ロープで確保し、何も説明せずに「さあ、やれ」と5mと8m程度の短いルートをのぼる。アイゼンの前爪を交互に蹴り込み、体重は足で支える。両手にそれぞれピッケルをもち、バランスとる。手足4本を使った快適な経験だ。開放感がある。「Great Experience」とPatに話したら、彼の短いAxeを貸してくれて、もう一回やれとすすめてくれる。足の蹴りこみ感がいい。

再びトラバースして、氷河上の確保点に戻って、ATCを使ったアップザイレン(Rappelling)で下降練習。

氷河歩行のロープ・チームでベース・キャンプまで下る。12時間以上のトレーニングの連続だか、充実していていて実に楽しい。

ベース・キャンプから例のトイレまで下ってまた登り返し、夕食をとりはじめたのは21時を過ぎていた。

Day 4

午前中にベース・キャンプからShark Fin Tower基部のはい・キャンプ(2300m)へ移動。荷物を担いで、ロープ・チームで登るのは、足の長さの違いで、さらに苦しい。Dash & Gasp Paceで歩く、一番大きなDaveの後ろがRest Stepの。遅れがちだが、なんとか見晴らしのよいハイ・キャンプに到着し、早速テント設営。

午後は、Shark Fin Tower中央部の狭い雪の詰まったガリー(Gully)をつめる。かなり急な傾斜を、ロープで確保し、プロテクションをピケットでつくりながら登っていく。ロープ2ピッチで雪がなくなる。かなりもろい岩場をつめたところで、雨もふりはじめ終了。入山からはじめての雨。

ミュンヘン・ヒッチでラッペリングして下る。下り2ピッチ目は8mmのシングル・ロープでよくのびる。殆どくだりきったところで、モート(Moat)に足を踏み抜く。誰かが「Koichi Hole」といい、皆で大笑い。

ハイ・キャンプ前で氷河救出のZ滑車法(Z-pulley)の説明中に、とうとう本格的な嵐(Thunder Storm)となりテントにダイビング。しばらく様子をみたが、回復せず本日のトレーニングは終了。

夜半も風雨はおさまらない。ハイ・キャンプでは天候の影響をまともに受ける。寝ているまにフライ・シートがとばされ、雨でシュラフの足と頭の部分が濡れる。

Day 5

4時30分起床の予定だったが、昨夜の悪天が尾をひいて、天候回復をまち。1時間スケジュール遅れ。雨具をつけてテント周りの様子を調べる。幸運にもフライ・シートはとなりのEricとDaveのテント横にさしてあったピッケルに滑落停止(self Aray)ており張りなおすことができた。ガイドのBabaraにこの事をいうと、ペグは、夏でも、日中の熱で雪が解けたり、風が強いと強度がなくなるので、T字で埋め込むようガイドしてくれる。

いよいよSahale Peak(2646m)をめざして、Quien Sabe氷河を登る。3チームの縦列で、私は先頭のPatが率いるチームの3番目。3チーム分150m置きにHoldし、ルート確認の竹製Wandのフラグをセットしながら登っていく。急な氷河上の斜面ををクレバスを避けながら、コースを設定していく。ガイドPatの経験、技量は確かなものだ。

Boston PeakとSahale Peakのコルで休憩。ここから雪稜と岩稜のミックス・クライミング。プロテクションを取り、12人が登るので時間がかかる。雪のついた槍の穂を登っていく感じがした。

Sahale Peakでメンバーと握手。足場の少ない、狭いPeakだが、眺めはすばらしい。足元が緑のアルプ(Alp)まですっきりと落ちて、薄い空気でドキドキする。南からRainer、Glacier、北へEldorado、Shuksun、Bakerと続く。氷河をまとった白きNorth Cascadeの山々。Americaの岳人はNorth CascadesをAmerican Alpsesとよぶ。

Peak直下を1ピッチ、ラッペリングで下り、雪稜と岩稜を確保しながら下る。コルから氷河歩行のロープ・チームで、上りに設置したフラグを回収しながらハイ・キャンプまで降りる。

登頂で登山プログラムが終了した訳ではない。昨日、嵐でできなかったクレバス救出法実習を午後2時から再開。一人が実際にクレバスに落ち、他の二人が滑落停止法で止め、セカンドが止めている間に、トップが イコライザーのプロテクションをつくる。Z-滑車ステムをセットして、2人で引き上げる。各パートをそれぞれ実習する。実際にどのくらいの力がかかるのか体験することが強調される。墜落役で落ちた深さ不明のクレバスの中は涼しい。なかなか引き上げてもらえないので、テキサス・プルージックで登る。77時過ぎにクレバス救出法の実習終了。

Day 6

下山準備のパッキングを済ませて、斜面をを見ながら雪崩(Avalanche)の講義。天候、登山方法、雪質によって変化することを説明。雪崩の危険があるときは、絶対にその斜面に踏み込んではならないと力説。

ロープ・チームで下山。曇り空で雪質が硬く、スリップしやすい。急な斜面をを過ぎ、ロープを解いて下る。森林限界から下のトレイルは、やはり暑く感じる。車を駐車させたところまで下る。

帰りもレンジャー・ステーションに立ち寄り、下山届をする。行きに寄ったスーパー横のハンバーガー・ショップで昼食。宿泊先のSilver Cloud Innまで送られ、全て終了。ガイドのPatとBarbaraに感謝をこめてTipをプレゼント。

後ほど評価シートが航空便で送られてくるという。「来夏、また、ガイドしてください」とお願いする。「また、一緒に登ろう」とPatとBarbara。

Silver Cloud Innに宿泊している9人で打ち上げのChampagne Dish。DaveがSummit Clubをつくって、2002年1月に南米のAconcaguaに登るぞと提案。全員の拍手。私は、Denaliに登りたい。住所とe-mail アドレスの交換。

Champagne Dishの後は、海辺の海鮮レストランにて23時過ぎまで打ち上げ。皆さん元気な人ばかり。

この山行きで感じたこと

1. North Cascadesの豊かな自然  

Seattleから車で3-4時間。トレイル・ヘッドから森林限界までの自然は、日本の山と変わらない。ただし、ルート表示板は一度も見なかった。登山者は少ない。森林限界を越えたベース・キャンプ・サイトのBoston Basinは、メドウと岩場にに囲まれた別天地。これから上は雪原。とりわけ青い氷河はすばらしい。山のあり方を、この氷河が一変させているかも。

2. アメリカ人の自然保護  

国立公園(National Park)は警察権まで持ったレンジャーが厳しい目を光らせ、パトロールしている。キャンプには、許可証が必要。ここで登山者の数をコントロールしている。糞尿(ヒューマン・ウェースト human Waste)で雪を汚染してはいけない。キャンプサイトに備え付けられた浄化トイレを使用するか、土壌に穴を掘り(Cat Hole)用を足す。雪原のハイ・キャンプでは、ピッケルでで確保し、モート(氷河と岩の間 Moat)に尻をつきだして行う。トイレット・ペーパー使用できない(雪を使う)。

3. 合理的なマウンテニアリング・スクールのプログラム

研修プログラムの構成が大変よい。実際にまず体感する(プロテクションの強度やクレバス落下のショック)。教えたスキルを組み合わせて次のステップを経験させる。荷物を担いだ歩行からはじまり、キヤンプ・スキルを体得し、最終的に雪上歩行(Glacier Travel)ができるようにしている。

4. ガイドの優れた技量、豊富な経験、受講者(Client)への配慮  

山はキックステップで登るのだいうPatの説明は、本質をついているように思えた。困難な場面で、生徒が躊躇していると「Trust Me」と言って後押しをする。彼の言葉を信じてやれる。North CascadeやCanadian Rockyの山々を本当によく知っている。失敗して落ち込みがちな生徒に対するBarbaraのフォローもりっぱだ。二人ともアルピニストであり、プロフェショナル。似合いのガイド・カップルでもある。

5. 参加したアメリカ人メンバーの親切な態度、気質  

一人日本から参加した私にいろいろと気を使い、声をかけてくれる。実習でうまくいくと、「Good Job」といい、うまくいかないと、ここがポイントではとアドバイスしてくれる。一緒に食事しようとか、家族の紹介とか、ともかく話しをするのが当たり前といった感じだ。   

                                   1999.8.8 Vancouverにて



Last modified 1/29/20

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